なかなか子どもを授からず不妊治療をしていましたが、原因不明で歩けなくなりました。      その他、甲状腺疾患のこと、趣味のガーデニングのことなどを綴っています。
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一周忌
2010年09月29日 (水) | 編集 |
今日9月29日は大切な友達、まめちゃんの旅立った日でした。
あれから1年。

あっという間では、ありませんでした。
私にとっては、長かったかな・・・。
まだ1年しか経っていないのに
ずいぶん前のことのような気がします。

でも、訃報を聞いたときのこと、
かけつけたまめちゃんのお家でのこと、
お通夜、お葬式、お葬式が終わってからのことは
不思議なことに、まるできのうのことのように
鮮明に覚えていて・・・。
時間の感覚が、なんだかよく分かりません。

そのときのことを思い出しては
涙したり、悔しくなったり、悲しくなったり。
眠れない夜が来るたびに、まめちゃんもこうやって
痛みと闘ったんだろうなと、しみじみ思います。 

入院中、夜が怖いと言って、よく電話で話をしました。
まめちゃんの運命を決めてしまった最後の治療の前夜。
その夜も、怖いと言って長い電話をしました。
その時のことを思い出すたびに、胸が締め付けられます。

あの時にもう一度戻ることができるなら・・・。
何度も何度も考えました。

もう一度看護師として働きたい。
夢を叶えたい。
病気を治したい。

24歳のかわいい女の子です。
まだまだやりたいこともたくさんあったのに。
最後の最後まで医療に翻弄されて
どれだけ無念だったことか・・・。

この1年、いつも思っていたこと。
まめちゃんは、本当に成仏できたのだろうか。
自分の死を受け入れることができたのだろうか。

いつまでも、メソメソしていてはいけないと
毎日写真のまめちゃんに笑いかけたり
話しかけたりしているけれど
それでも頭の片隅からはその思いが離れなくて・・・。

夏がやってきて、去年のことを思い出し
9月に入ると眠れない夜が続きました。
きっと命日の29日は、1日中泣いて
過ごすんだろうなと漠然と考えていました。

それが今日。
今日は、朝から気持ちの良い、抜けるような青空で
ここ数週間体調の悪かった私が、驚くほどに家事をてきぱきこなし
久しぶりに、気持ちよく空を見上げる余裕までありました。
まるで、まめちゃんに背中を押されているかのようでした。

その勢いのままに、気持ちの良い青空の下を
去年まめちゃんと一緒に食べたパンとスイーツを
買いに行きました。

そして、テーブルにまめちゃんの分も並べて
あのときのように一緒に食べました。
心なしか、写真のまめちゃんがいつもより
笑っているように見えました。

まめちゃん、いつまでもメソメソしてごめんね。
だけど、私はやっぱりまめちゃんが心配なんだ。
寂しがりのまめちゃんが、1人で寂しくないかなって。

でも、いつまでも残されたものが
こんなこと言ってちゃダメなんだよね。
まめちゃんにお説教されそうだね。

もっともっと強くならなきゃいけないのにね。
私の方が一回りもお姉さんなのにね。

まめちゃん、元気でいますか。
毎日何をしていますか。
お空の上は、どんなですか。
大好きな歌を歌っていますか。
お友達は、たくさんできましたか。
手足をうんと伸ばして、伸びをしていますか。
いっぱい走っていますか。
恋をしていますか。

それから・・・。

お空の上から、見てくれていますか。

こんな私じゃ、笑われるかな。
もっと強くならなきゃね。

私、頑張るから。
頑張るからね。
まめちゃん、見守っていてね。

これからも、まめちゃんの幸せを願って
祈り続けようと思います。
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四十九日
2009年11月17日 (火) | 編集 |
きのうは、まめちゃんの四十九日でした。

次に生まれ変わる世界が決まるという、たった一人の旅。
その旅が終わりました。

まめちゃん、今あなたがいる世界はどんな世界ですか。
青空がいっぱい広がっていますか。
お花が咲いていますか。

この節目を迎える日にあたり、何か書こうと思いながら
朝から何を書けばいいのか頭が整理できませんでした。

そして、ふと自分のブログを見ると
まめちゃんのブログに更新のマークが・・・。
お父様からの更新でした。
いたいの痛いのとんでいけ ~CRPS・ジストニアと共に~

まめちゃんが亡くなったときに、お父様から
教えていただいた未完成だった彼女のホームページは
「詩のひろば」、「詩日記」というコーナーが追加されていました。

そこには、彼女が今までに書いてきた
130点余りの詩の原本を全て展示してくださったそうです。

病床で明日をも知れない体で必死に綴った
スケッチブックに書かれた詩の原本。

彼女のブログや、まめちゃん自身から
その話を聞いていただけに、実際に目にすると
胸が詰まり、涙が溢れ、そして涙が止まりませんでした。

色鉛筆で書かれたその字体。
どんな思いで、それらの詩を書いたのかと思うと
本当に言葉が見つかりません。

そんな貴重な詩の原本。

お父様も書かれているように
まめちゃんの詩の原点がそこにありました。

味のある書体と水彩画が添えられた詩も素晴らしいけれど
その詩の原本を見ることができたこと
それらを掲載してくださったことに
心から感謝したいと思います。

そこには、まめちゃんが一生懸命に生きた証がありました。
是非みなさんにも見ていただきたいです。
青空のように ~CRPS(RDS)・ジストニアと共に~

四十九日の間は、亡くなった方の魂は自由に行き来ができて
色んなところを飛び回っているという話を聞きました。

私のところにも、何度もまめちゃんが来てくれたように思いました。
不思議なこともたくさん起こり、その度にまめちゃんを感じました。

まめちゃんを感じることができたのは嬉しかったけれど
私はずっとまめちゃんと話がしたかった・・・。

まめちゃんが夢に出てきてくれないかとずっと思っていました。
だけど、願っても願っても、まめちゃんは出てきてくれませんでした。

それが、四十九日を迎える2日前の夜。
まめちゃんの着メロだったヒヨコの泣き声がピヨピヨ鳴り
まめちゃんからメールが来ました。

そして、私とまめちゃんは会いました。
手と手を握り合い、お互いに涙を流しました。

気づけば、私はまめちゃんの 左手 を握っていました。
ハッと我に返り、「ごめん、大丈夫?」 と聞くと
まめちゃんは、にっこり笑って 「大丈夫」 と答えてくれました。

そう、夢の中のまめちゃんの手足は自由でした。
車椅子にも乗っていませんでした。

そして、まめちゃんが私にかけてくれた言葉。

「ありがとう。 ありがとう。」 

泣きながら、何度も何度も言ってくれました。

まめちゃんが旅立ってから、しばらく辛い日が続きましたが
これでは駄目だと思い、自分を奮い立たせました。
自分なりに努力し、色々と頑張ってきました。

だけど、四十九日を迎える少し前から急に寂しさが募り
また悲しい気持ちが戻っていました。

そんなとき、まめちゃんが現れてくれました。

夢が覚めないようにと、意識が戻りつつある中で
何度も夢に戻ろうとしました。
だけど、夢には戻れませんでした。

もっともっと話がしたかったよ。
だけど、そんなこと思うのは贅沢だね。

きっとまめちゃんは、そうやって色んな人のところに
「ありがとう」 を伝えて回っているのかなと思いました。

人一倍努力をし、いつも前向きに、必死に生き抜いたまめちゃん。
次に生きる世界は、最上級の素晴らしい世界なんだと信じています。

あなたの生きてきたその道は偉大で
とても真似できるようなことではないけれど
あなたの教えてくれたこと、与えてくれたことを
心の支えに、これから生きていきます。

これからもずっと一緒だよ。
ずっと一緒だからね。
五七日
2009年11月02日 (月) | 編集 |
今日は、まめちゃんの 五七日 (イツナノカ) でした。

仏教では、亡くなられた日から七日ごとに
閻魔大王を始めとする諸王に生前の善悪行に関して裁きを受け
各菩薩に教えを受け、七回目の七日(四十九日)に
次に生まれ変わる世界が決まるといわれています。

生まれ変わる世界は、六道といい

地獄道(じごくどう)、餓鬼道(がきどう)、畜生道(ちくしょうどう)
修羅道(しゅらどう)、人間道(にんげんどう)、天道(てんどう)です。

本来は七日ごとにお寺から僧侶を呼んで法要してもらいますが
最近では、初七日、五七日、七七日(四十九日法要)で
僧侶を呼ぶ家が多いそうです。

五七日に僧侶を呼ぶのは、閻魔大王が
裁きをする日とされているからです。

初七日(しょなのか)…「初願忌(しょがんき)」

二七日(ふたなのか)…「以芳忌(いほうき)」

三七日(みなのか)…「洒水忌(しゃすいき)」

四七日(よなのか)…「阿経忌(あぎょうき)」

初月忌(しょがっき)…没後、最初の月命日。

五七日(いつなのか)…「小練忌(しょうれんき)」

六七日(むなのか)…「檀弘忌(だんこうき)」

七七日(なななのか)(四十九日、満中陰、尽七日)
…「大練忌(だいれんき)」、もっとも重要な法要とされる。

(右記より引用。 香典返し.net / ウィキペディア(Wikipedia)

昔から三十五日や四十九日に法要するのは
知っていたけれど、どういう意味があるか知らなかったので
調べてみると奥深いんだなと思いました。

またこれは、和尚さんからお聞きした話なのですが
亡くなると、その日からすぐ四十九日の旅が始まるそうです。

この旅は誰にも助けてもらうことはできず
たった一人で暗い道を歩いて行かなければならないそうです。

残された私たちにできることは
四十九日の旅が無事に終えられること、
生まれ変わる世界が素晴らしい世界であることを
祈ることなんだそうです。

まず、亡くなって七日目に大きな川の前に到着します。
その川を渡るには生前の行いにより、橋のかかった道を渡れる者
水に浸かりながら渡る者、濁流の中を必死で渡らなければならない者
に分かれるそうです。 いわゆる三途(さんず)の川ですね。

初七日法要は、苦労なく無事に渡りやすい道を通って
三途の川を渡れますようにいう願いを込めて行う
法要なんだそうです。

初七日から始まって七日ごとに裁きや教えを受けるということで
我家では初七日の前日、お逮夜(おたいや)にお祈りをして以来、
七日目を迎える前夜に必ずダンナと一緒に手を合わせています。

七日目を迎えるのが月曜日にあたるので
手を合わせるのは、ちょうど日曜日の夜なんです。

今日は五七日ということで、閻魔大王に会うのかと思うと
私まで緊張して、今日も手を合わせました。

人の何倍も努力し、一生懸命頑張ったまめちゃんのことだから
どんな王の前に行こうとも褒め称えられていることでしょう。

三途の川だって橋に絨毯が敷いて
あったんじゃないかと思うくらいです。

四十九日の一人旅、あともう少しだね。
まめちゃんの次の世界が素晴らしいものでありますように。
追悼
2009年10月14日 (水) | 編集 |
9月29日、大切な大切な友達がこの世から旅立ちました。
24歳という若さでした。

この2週間、悲しみに暮れ
彼女のことを思い出さない日はありません。

彼女からもらったメール、手紙、贈り物。
一緒に撮った写真。
一緒に過ごした時間。
彼女から学んだこと。

出るのは涙とため息ばかり・・・。

どうしてあんなにも頑張った
一生懸命闘ったまめちゃんが
この世を去らなくてはならなかったのか
考えれば考えるほど、悔しさが込み上げてきます。

あの時、こうしてあげればよかった。
あの時、こう言ってあげればよかった。
あんなことも、こんなこともしてあげたかった。

やり場のない後悔ばかりが募ります。

最後のお別れもさせてもらったのに
それでも、どうしても信じられなくて・・・。

携帯がピヨピヨ鳴って
『ハロ~ けろちゃん元気~?』
なんてメールが来そうな気がしてなりません。
(彼女からのメールの着音はひよこの鳴き声でした。)

そう、彼女はひよこのように小さくてかわいくて
話しているだけで笑顔になれる、元気になれる
そんな素敵な女の子でした。

だけどかわいいだけではない
計り知れない強さを持った女性でもありました。

私が歩けなくなって、病名も治療法も分からず
途方に暮れているとき支えになってくれた
大切な友達、「まめちゃん」

彼女はその小さい体で、想像を絶する痛みと闘い
人前では痛い顔ひとつせず、いつも明るく前向きで
人の何倍も努力をし、多くの人に生きる希望と勇気を
与えてくれました。

この場をお借りして、まめちゃんとの出会い
一緒に過ごした時間などを綴らせてもらいたいと思います。
そして、彼女が残してくれたものを
多くの方に伝えられたら嬉しいです。

彼女が発病したのは、ほんの些細なことからでした。
看護師を目指して大学に入った18歳の冬
突然、病が彼女に襲いかかりました。

きっかけは、肘を痛めたことによる簡単な手術でした。
それが原因で、突然CRPS(RSD)を発病。
その後、固定ジストニアという原因不明の難病を併発し
左手と両足の自由を失いました。

CPRSとは耐え難い、考えられないような痛みが
24時間続き、運動制限や関節の拘縮を引き起こす病気です。
その痛みの形容は、ナイフやフォークでグサグサ刺されるような
電流を流されているような、生皮を剥されたようななど
聞いているだけでも耐えがたい痛みです。

患部にほんの少し触れるだけでも激痛が伴い
彼女は左腕に服の袖を通すことができず
年中半袖を着ていました。

固定ジストニアとは、持続的または不随意的に
筋肉が収縮したり固くなったりする病気です。

両方とも現代の医学では治療法が確立されておらず
かつ難病指定にもなっていないので難治性の高い病気です。

長い長い入院生活を経て、脊髄刺激装置(SCS)と
バクロフェンポンプ(ITB)を体に埋め込む手術をしました。

それでも夢を諦めず、病床で彼女は人の何倍も努力をし
看護師の国家試験に見事合格。 その後、保健師、
心理カウンセラー、福祉住環境コーディネーターなどの資格を取得。

そして念願の看護師として
車椅子に乗って働いていました。

そんな彼女との出会いは去年の4月。
当時自分と似た症状がある病気を探していて
CRPSのことを綴っておられる方のブログに
お邪魔したのがきっかけでした。

病名が分からないときの苦しさはよく分かるからと
親身になって相談に乗ってくれました。

それ以来メールで何度も話し、友達になりました。

去年私が遠方で3ヵ月の入院生活を送っているとき
何度も励ましの手紙をくれました。

「字を書く」ということは彼女にとって大変な作業でしたが
リハビリになるからといって何度も書いてくれました。

そして、さらに驚きのプレゼントをもらいました。
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島根観光 2日目
2008年12月15日 (月) | 編集 |
早起きしてたくさん観光したいとと思っていましたが
前日の疲れもあり、朝はゆっくりして出発しました。

格安航空券でパックになっていたホテルに泊まったのですが
そこそこグレードの高いホテルだったようで
露天風呂にも入れたし、大満足でした

2日目の観光は出雲へ行ってみました
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島根観光 1日目
2008年12月12日 (金) | 編集 |
7日~8日の島根の旅、続編です。

観光もしてきたので、島根の魅力をご紹介しますね。

まめちゃんの個展を見せてもらったあと
夕食もまめちゃんとさせてもらうことになっていたので
それまでの間、かけ足で観光をすることに!

まずは、軽めに昼食を取り、松江城へ。
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初対面
2008年12月09日 (火) | 編集 |
7日の日曜から1泊で、ダンナと一緒に島根県に行ってきました

一番の目的は、ブログのお友達である 
いたいの痛いのとんでいけ ~CRPS・ジストニアと共に~ の
『まめちゃん』 の個展を見に行くこと!

彼女とはブログを通じてお友達になりました。
今までは、メールや手紙でのやりとりはありましたが
電話で話したことは一度もなく、初めての対面です!!

彼女のブログは昨年の夏頃から読ませてもらっていましたが
今年の4月からコメントをさせてもらうようになり
私の病名、治療法が分からないときから随分支えてもらいました。

入院中には、鶴を折って送ってくれたり
励ましの手紙もたくさんくれました

以前から、彼女が詩を書いていて
何度か個展を開いているのを知っていたので
少しでも私が動けるようになったら
是非、この目で彼女の詩を見てみたいというのが
私の1つの目標でした。

9月に退院をして、入院前と全く変わらないひどい状態で
戻ってきましたが、鍼の良い先生とめぐり会え
両杖をついてなら1人で出歩けるようになりました。

秋頃、まめちゃんの個展が12月にあるという情報を聞き
頑張れば行けるかなと思い立ち、まめちゃんに会いに行くことを
決めました。

行く少し前から、だんだん緊張してきて
前日からはあまり眠れず、当日なんて朝の4時ごろに目が覚めました。

朝一番の飛行機で島根へGO
電車だと6時間くらいは掛かるようですが
飛行機でなら、なんと40~50分で着いちゃいます!
飛行機も小さくて、なんだか電車かバスに乗っているような気分でした。

出雲空港からバスに乗って、宍道湖温泉駅まで行き
ホテルに荷物を預け、味のあるかわいい電車で会場へ向いました。
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