なかなか子どもを授からず不妊治療をしていましたが、原因不明で歩けなくなりました。      その他、甲状腺疾患のこと、趣味のガーデニングのことなどを綴っています。
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追悼
2009年10月14日 (水) | 編集 |
9月29日、大切な大切な友達がこの世から旅立ちました。
24歳という若さでした。

この2週間、悲しみに暮れ
彼女のことを思い出さない日はありません。

彼女からもらったメール、手紙、贈り物。
一緒に撮った写真。
一緒に過ごした時間。
彼女から学んだこと。

出るのは涙とため息ばかり・・・。

どうしてあんなにも頑張った
一生懸命闘ったまめちゃんが
この世を去らなくてはならなかったのか
考えれば考えるほど、悔しさが込み上げてきます。

あの時、こうしてあげればよかった。
あの時、こう言ってあげればよかった。
あんなことも、こんなこともしてあげたかった。

やり場のない後悔ばかりが募ります。

最後のお別れもさせてもらったのに
それでも、どうしても信じられなくて・・・。

携帯がピヨピヨ鳴って
『ハロ~ けろちゃん元気~?』
なんてメールが来そうな気がしてなりません。
(彼女からのメールの着音はひよこの鳴き声でした。)

そう、彼女はひよこのように小さくてかわいくて
話しているだけで笑顔になれる、元気になれる
そんな素敵な女の子でした。

だけどかわいいだけではない
計り知れない強さを持った女性でもありました。

私が歩けなくなって、病名も治療法も分からず
途方に暮れているとき支えになってくれた
大切な友達、「まめちゃん」

彼女はその小さい体で、想像を絶する痛みと闘い
人前では痛い顔ひとつせず、いつも明るく前向きで
人の何倍も努力をし、多くの人に生きる希望と勇気を
与えてくれました。

この場をお借りして、まめちゃんとの出会い
一緒に過ごした時間などを綴らせてもらいたいと思います。
そして、彼女が残してくれたものを
多くの方に伝えられたら嬉しいです。

彼女が発病したのは、ほんの些細なことからでした。
看護師を目指して大学に入った18歳の冬
突然、病が彼女に襲いかかりました。

きっかけは、肘を痛めたことによる簡単な手術でした。
それが原因で、突然CRPS(RSD)を発病。
その後、固定ジストニアという原因不明の難病を併発し
左手と両足の自由を失いました。

CPRSとは耐え難い、考えられないような痛みが
24時間続き、運動制限や関節の拘縮を引き起こす病気です。
その痛みの形容は、ナイフやフォークでグサグサ刺されるような
電流を流されているような、生皮を剥されたようななど
聞いているだけでも耐えがたい痛みです。

患部にほんの少し触れるだけでも激痛が伴い
彼女は左腕に服の袖を通すことができず
年中半袖を着ていました。

固定ジストニアとは、持続的または不随意的に
筋肉が収縮したり固くなったりする病気です。

両方とも現代の医学では治療法が確立されておらず
かつ難病指定にもなっていないので難治性の高い病気です。

長い長い入院生活を経て、脊髄刺激装置(SCS)と
バクロフェンポンプ(ITB)を体に埋め込む手術をしました。

それでも夢を諦めず、病床で彼女は人の何倍も努力をし
看護師の国家試験に見事合格。 その後、保健師、
心理カウンセラー、福祉住環境コーディネーターなどの資格を取得。

そして念願の看護師として
車椅子に乗って働いていました。

そんな彼女との出会いは去年の4月。
当時自分と似た症状がある病気を探していて
CRPSのことを綴っておられる方のブログに
お邪魔したのがきっかけでした。

病名が分からないときの苦しさはよく分かるからと
親身になって相談に乗ってくれました。

それ以来メールで何度も話し、友達になりました。

去年私が遠方で3ヵ月の入院生活を送っているとき
何度も励ましの手紙をくれました。

「字を書く」ということは彼女にとって大変な作業でしたが
リハビリになるからといって何度も書いてくれました。

そして、さらに驚きのプレゼントをもらいました。
百羽鶴

千羽鶴ならぬ 百羽鶴 です。
左手が不自由な彼女。 手紙にはこう書いてありました。

「右手と口と足で一生懸命折ったよ。
百羽しかないけど、祈りは千倍込めたからね!!」

見事に1羽ずつ丁寧に折られ
色をそろえてキレイに糸で繋がっていました。

涙が止まりませんでした。
1羽折るだけでも相当な時間が掛かっただろうに。
それを一生懸命、1羽ずつ折ってくれたのです。

しかもこのとき彼女は看護師として働いており
1日12時間労働の時もあったほどで
体の痛みや仕事の疲れで時間も体力も
なかったはずなのに・・・。

当時私は精神的にも肉体的にもどん底の状態でしたが
まめちゃんのおかげで乗り切ることができました。

そして退院後、少し動けるようになったので
まめちゃんに会いに行きました。

去年の12月、島根に行ったときに彼女と会った様子を
このブログでも紹介させてもらいました。
( そのときの記事は → コチラ

そして今年に入って、4月にまめちゃんが
関西で入院することになり、私の家から近いこともあって
入院の前後数日間はウチの家に泊まってもらい
入院中はほぼ毎日病院に行きました。

自分の体にとって容易なことではありませんでしたが
家族と離れて見知らぬ土地で入院することの辛さは
よく分かっていたので、毎日通いました。

一緒に過ごしたこの3週間は本当に貴重なものでした。
まめちゃん自身は治療で辛いことも多かったと思いますが
彼女の叔母さんとも知り合いになることができ
3人で大笑いをして楽しく過ごしました。

このときは出会ってまだ1年。
年も一回りも離れているのに、友達のようで妹のようで
なぜか本当の家族みたいでした。

家に泊まってくれたときには、一緒に料理をしたり
お酒を飲んだり、夜中まで話したり・・・。
夢のように楽しい時間でした。

まめちゃんが帰る日。
叔母さんと3人で号泣しました。
絶対また会おうねって何度も何度も約束しました。

それが、それが・・・。
こんなに悲しい再会になるなんて・・・。

この2週間、どうしても気持ちが沈み
何をするにもやる気が出ませんでした。

だけど、いつまでもこんなことじゃ
まめちゃんが心配しちゃうよね。

「けろちゃん、頑張って!!」
と言われている気がするのです。

いつまでも悲しみに暮れていては彼女も喜びません。
そろそろ前を向いて進まなければ・・・。

生前、彼女から将来の夢を沢山聞かせてもらいました。
その中には

「病気のことを多くの人に知ってもらう」
「彼女の詩や彼女が作詞をした合唱曲を
多くの人に知ってもらい、全国に広める」

というものがありました。

彼女は辛い辛い闘病生活の中、命を見つめ
たくさんの言葉のカケラを集めて詩を作りました。

そして詩集を自費出版したところ、多くの方から共感を得ました。
また多くの方のサポートがあり、彼女の詩を展示するイベントや
個展などを開き、さらに多くの人に感動を与えました。

また、彼女が学生時代合唱部だったことから
合唱部の先輩が彼女が書いた詩を合唱曲にしようと
声を上げてくださり、恩師の先生のおかげで有名な作曲家の方から
曲をつけていただくことになりました。

それが楽譜になり音楽之友社から
「混声合唱とピアノのための4つのポエム」
として発売されました。

そして発売から半年で初版が完売し
新たに増刷されました。

全てが異例の早さだったそうです。

是非楽譜を手にとってご覧になってください。
実際に合唱を聞くと鳥肌が立ちます。
そして涙がいっぱい溢れます。
「混声合唱とピアノのための4つのポエム」

去年の12月、まめちゃんの詩をこの目で見た
あのときの感覚が忘れられません。
涙が溢れて止まりませんでした。

まめちゃんが闘病記として作成していたホームページがあります。
製作途中でしたが、その中に彼女が作った詩が掲載されています。
是非、ご覧になってください。
「青空のように ~CRPS(RDS)・ジストニアと共に~」
    ↓
(追記: 11月17日)
作成途中でしたが、後日彼女のお父様が完成させてくださいました。
病床で明日をも知れない体で必死に綴った、彼女の詩の原点でもある
スケッチブックに書かれた詩の原本から、個展で展示されたものまで
130余りの詩が掲載されています。


そして、彼女が一所懸命綴った日記、ブログがあります。
どんなに辛くても、どんなに苦しくても
いつも前を向いてひたすら突き進んだ
彼女の生きた道が記されています。
「いたいの痛いのとんでいけ ~CRPS・ジストニアと共に~」

それから、彼女のことを取り上げられた
ドキュメンタリー番組があります。
地元では何度かテレビで紹介されていましたが
今年に入り、「もしも願いがかなうなら」というタイトルで
深夜枠ながら全国随時放送されました。

彼女の地元や関東、関西方面ではすでに放送が終わったのですが
まだ放映されていない地域の方は是非見てあげてください。
深夜に放送し、いつ放送されるかは定かではありませんが
フジテレビ系列で放送されています。
「もしも願いがかなうなら」
 
彼女は今、辛かった痛みから開放され
元気いっぱいに走り回っていることでしょう。

大好きな歌を歌い、笑顔でお世話になった人や
お友達のところへ遊びに行っているかもしれません。

そして彼女の生きがいである看護の仕事を
向こうの世界でもやってくれることでしょう。

何があっても最後まで諦めずに頑張ったまめちゃん。
絶対治るんだと治療に妥協を許さなかったまめちゃん。
本当に、本当によく頑張ったね。 

まめちゃんがいなくなったのは本当に悲しいです。
寂しいです。 辛いです。 悔しいです・・・。

だけど、まめちゃんは、まめちゃんの存在は
私の中から消えることはありません。

まめちゃんの残してくれたもの
まめちゃんが教えてくれたこと
大切にして生きていきます。

辛くなったら、寂しくなったら空を見上げるよ。
まめちゃんの大好きだった青空。
空の上から見守っていてね。

まめちゃんがそうしたように
私も前を向いて歩いて行きます。

偉大な友、まめちゃん。
あなたと出会えた奇跡に心から感謝します。

ありがとう。
絶対また会おうね。

心からご冥福をお祈りいたします。
まめちゃんの来世が素晴らしいものでありますように。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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コメント
この記事へのコメント
1つ前の記事のコメントを読んで、
けろっこさんの大事な友達、まめさんが
亡くなったということ、少し前に知りました。
(けろっこさんが島根まで個展を見に行ったこと、
覚えていたので、まめさんというお名前だけは知ってました。)

けろっこさん、すごく辛い思いをしてるんだろうなと思い、
ブログの更新がないので、心配していました。

まめさんのブログや詩も読ませてもらいました。
想像を絶するような痛みと闘っていたまめさん。
そんな中、いろんな人を思いやり、
素晴らしい詩をかき、看護師として働き・・・
本当にすごい方だなと思いました。
ちょっとしたことで悩んだり、羨んだり、
腸閉塞が痛かったなどと言っている自分が、
すごくちっぽけで、情けないと感じてしまいました。

けろっこさんのおかげで、
こうしてまめさんのことを知ることができました。
けろっこさん、ありがとう。
大事なお友達を亡くす・・・とっても辛いことだと思います。
私はそういう経験がまだないけれど、
想像しただけでも、胸が苦しくなります。。。
でも、こうやってけろっこさんがまめさんを忘れずにいてくれること、
前を向いて歩いていってくれることが、
まめさんにとって一番の供養になると私も思います。

まめさんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。
2009/10/14(Wed) 21:56 | URL  | ポラリス #-[ 編集]
ポラリスさんへ
去年島根に行ったこと覚えてくれてたんだね。 まめちゃんの名前も覚えてくれてたなんて嬉しいです。 彼女のブログや詩も見てくれたんだね。 ありがとう。 きっとまめちゃんも喜んでいると思います。

ポラリスさんは腸閉塞がちっぽけだと書いているけど、全然そんなことないんだよ。 私もまめちゃんと話しているときに、よく自分の足の痛みや状態と比較して、私の病気なんてまめちゃんと比べたら比べ物にならないと言っていたんだ。

だけどね、まめちゃんはいつもこう言ったの。
『本人にとっては、それはとても大きな問題でしょう? 私は見た目での比較とか、車いすの方が大変とか楽だとか、そういう風に思わないようにしています。 例え障がいの重さが違ったとしても、大切なのはその人にとっての重さであるかなって。 それは比較のしようがないものであると思うんです。』って。

本当の苦しみは本人にしか分からないんだから、辛さとか人と比較しなくていいんだよってよく言われました。 私もそう思うよ。 ポラリスさんの腸閉塞の記事を読んで、本当に大変な思いをしたことが伝わったし、大福ちゃんと一緒に乗り越えたすごい出来事だったと思います。

まめちゃんのことを思うと苦しいけど、前を向いて少しずつでも進んで行こうと思っています。 温かいコメントをありがとう。
2009/10/14(Wed) 23:46 | URL  | けろ→ポラリスさん #r.3wvYC6[ 編集]
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2009/10/15(Thu) 13:33 |   |  #[ 編集]
こんにちは。
久しぶりにパソコンを開き、けろっこさんのブログを見に来ました。そしてまめさんがお亡くなりになった事を知り、とてもとてもびっくりして、涙がとまりません・・・。
けろっこさんを通じてまめさんのことを知り、以前まめさんのブログも何度か拝見させて頂きました。まめさんの人柄が伺われるようなブログで、お会いしてみたいなぁと思っていました。
そして、けろっこさん、大切なお友達を亡くされて今はまだ辛い事と思います。先程、私もまめさんのブログを久しぶりに見ました。「普通に生きたいだけ」なのに・・・。痛みの無い生活に戻りたい、なんで私が・・・。まめさんの思いが届かなかった事が悲しいです。
私なんてまめさんに比べたら・・・と思いますが、けろっこさんの前コメントに書かれてあった「本当の苦しみは本人にしか分からないんだから、辛さとか人と比較しなくていいんだよ」とまめさんがおっしゃっていたとの事。そんなふうに言えるまめさんってスゴイ!ですね。自分の痛みで精一杯の時に、他の人の事(痛み)を思えるのは、そう思うようになるまでに本当に苦しい思いを何度も繰り返したからなのかな・・・。
「大切なのはその人にとっての重さ・・・それは比較のしようがないもの」けろっこさんのブログを通して、まめさんのこの言葉に触れ、少し救われた気持がしています。まめさん、けろっこさん、ありがとう。

まめさんのご冥福をお祈りします。
そして、けろっこさんの元気回復も祈ってます。
2009/10/16(Fri) 13:25 | URL  | らびちゃん #-[ 編集]
鍵コメさんへ
鍵コメさん、ありがとうございます。
以前からお越しいただいていたそうで、とても嬉しいです。
まめちゃんのこと、本当に信じられませんね。
去年の12月に島根に行ったのが、遠い昔のことのように感じられます。
それほどこの1年は、まめちゃんとの思い出深いものでした。
お互い前を向いて、ゆっくりでもいいから進んでいきましょうね。
きっとまめちゃんも応援してくれるはずです。 
悲しんでばかりじゃ、まめちゃんが心配するもんね。
これからは、何をするにもまめちゃんが見守って
くれているような気がします。
青空を見て、おひさまを見て、いつも元気をもらおうと思います。
鍵コメさんも、どうかご自愛ください。
2009/10/16(Fri) 17:58 | URL  | けろ→鍵コメさん #r.3wvYC6[ 編集]
らびちゃんへ
らびちゃん、ありがとう。 まめちゃんのブログも見てくれたんだね。
まめちゃんの言葉、いろんな意味ですごいでしょ。
そんな言葉はなかなか言えないよね。 らびちゃんの言うように
彼女は想像のつかない痛みや苦しみと闘ってきたからこその
言葉なんだろうと思います。 そして、看護師として多くの命と
向き合ってきたからというのもあるのかもしれません。

私はこの記事を書くまでは、なかなか前を向けなかったけど
今は頑張らなきゃという気持ちが湧いてきました。
本当にまめちゃんが私を後押ししてくれているような気がするの。

すぐそばにいてくれるような気がして、とても温かい気持ちに
なれるんだ。 らびちゃんもまだまだ辛いよね。
私もあと1歩がなかなか良くならなくて、色々考えてしまうけど
お互い良くなるって信じて頑張っていこうよ。
きっとまめちゃんも応援してくれるよ。
2009/10/16(Fri) 18:12 | URL  | けろ→らびちゃん #r.3wvYC6[ 編集]
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2009/10/16(Fri) 20:43 |   |  #[ 編集]
鍵コメさんへ
10/6の鍵コメさん、コメントありがとう。 温かい言葉に涙が出ました。 またまめちゃんのブログも読んでいてくれたそうで嬉しかったです。

私のブログを読んでくださった方で、今まで病気のことを知らなかった人が病気を知ってくださり、まめちゃんを知ってくださり、そしてこんな風にまめちゃんの死を悼んでくださることに、心から感謝の気持ちでいっぱいです。 

彼女のブログには、今もなお多くのコメントが寄せられています。 それだけ彼女の存在は大きく、多くの人に様々な影響を及ぼしてきたのだと思います。 彼女のような生き方は見習おうと思っても、なかなかできるものではありませんね。

他愛のない話をしていると普通のかわいい24歳の女の子だけど、内に秘めるものは本当に偉大だったんだなとつくづく思います。 

私も不甲斐ない自分を奮い立たせ、これから頑張ろうと思います。
温かい心のこもった言葉、本当にありがとう。
2009/10/17(Sat) 12:24 | URL  | けろ→鍵コメさん #r.3wvYC6[ 編集]
はじめまして
先日は、私のブログに訪問いただきコメントをありがとうございました。翌日にまめちゃんのご両親とお会いし、けろっこさんのお話をお父様からお聞きいたしました。 お父様は始めから私のイベントブログを見ていただいているそうで、お母様もまめちゃんソックリで、ワンちゃんも連れておられ、名前は「まめ」だそうですよ。種類はキャバリアかな?なんだか、まめちゃんの面影がありました。 千羽鶴、素晴らしいですね。ブログを拝見させていただき、ますます まめちゃんの死が悔やまれる思いです。

難病と一言で言ってしまえば、簡単な言葉になってしまい、私は五体満足なので、本当の苦しみや悲しみはわかってあげることが出来ません。
しかし、きれいごとではありますが、五体満足だからこそ知ることのできない、見落としがちなこともあります。

まとまりがありませんが、まめちゃんに学んだことを胸にこれからは強くたくましく生きて生きたいと思います。
2009/10/17(Sat) 16:57 | URL  | ひまわり #-[ 編集]
ひまわりさんへ
ひまわりさん、訪問&コメントありがとうございます。
まめちゃんのご両親にお会いされたんですね。 
私も先日お会いし、ワンコちゃんにも会いました。
本当に彼女の面影があるかわいい子でしたね。

私も自分が病気にならなければ知りえなかった世界です。
そう思うとこの世の中には、一生かけても知ることのない世界が
沢山あるのだと思います。 そんな中でCRPSとジストニアという
病気を知ることができ、まめちゃんと知り合えたことは
本当に奇跡だったのだと思います。

彼女から学ばせてもらったことは本当に大きいですね。
私もこれからの人生、彼女の思いや学んだこととともに
生きていきたいと思います。 
こうやって、ひまわりさんとお話できるのもまめちゃんのおかげですね。
これからもよろしくお願いします。 
2009/10/17(Sat) 17:01 | URL  | けろ→ひまわりさん #r.3wvYC6[ 編集]
まめさんの事を知って、こちらへ何度か訪問させて頂きましたが、ずっと記事が止まっているので、ショックが大きかったのだろうと、心中お察ししていました。

私がCRPSと告知を受けたのは、今年の4月の事でした。
病名をタイトルの中に入れて、ブログを立ち上げました。
その時、まめさんがご自分のブログをリンク貼って下さいと言って下さり、リンク貼らせて頂きました。
まめさんはそれ以後、入院続きだったので、ほとんど交流が持てない状態でしたが、まめさんのブログに沢山のパワーを戴きました。

ここへは書き足りない事、一杯有ります。
是非、ご都合の良い時に、メール下さい。
待っています。
2009/10/18(Sun) 19:01 | URL  | ビオラ #-[ 編集]
ビオラさんへ
まめちゃんのことがあってから、私のことを案じてくださっていたのですね。 ありがとうございます。
なかなか受け入れることができず、何もできませんでした。 この記事を書いた時もまだ信じられませんでしたが、少しずつ私のやるべきことをやっいこうと思っているところです。

まめちゃんに勇気と希望、そして何よりパワーをもらった方は本当に多いと思います。 私もその1人です。 彼女のおかげで何度もあった辛い時期を乗り越えることができました。 

私もビオラさんとお話したいです。 教えてもらいたいことも沢山あります。 今週は病院や治療が続き、すぐにメールできないかもしれませんが、必ず送らせてもらいますのでよろしくお願いします。 
それからリンクの件、ありがとうございます。 早速貼らせて頂きました。
2009/10/18(Sun) 19:41 | URL  | けろ→ビオラさん #r.3wvYC6[ 編集]
初めまして
初めまして、
パオと申します。
以前にコメントされてあるビオラさんから、このブログを教えて頂きました。
まめさんから送られた、千羽鶴を見て涙しました
すみません、記憶を思い出させてしまって…
2009/10/25(Sun) 12:51 | URL  | パオ #-[ 編集]
パオさんへ
パオさん、はじめまして。 
私もビオラさんのブログから、パオさんのブログを少し拝見しました。
署名活動を頑張ってしていただいているそうで頭が下がります。
まめちゃんから送られた鶴。 本当に素晴らしいものです。
届けられたのは、私が入院中でどん底の状態のときでした。
まめちゃんの優しさとパワーにどれだけ救われたか分かりません。
まだなかなか受け入れることはできませんが
まめちゃんと共に生きていきたいと思っています。
2009/10/25(Sun) 17:53 | URL  | けろ→パオさん #r.3wvYC6[ 編集]
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